『なぜ日本人は学ばなくなったのか』齋藤孝(講談社現代新書)を読みました.読んだ理由はテーブルの上に置いてあったからという,いつものように受動的な理由です.
さておき,章立ては以下のよう.
序章 「リスペクとの精神」を失った日本人
第一章 やさしさ思想の落とし穴
第二章 学びを奪ったアメリカ化
第三章 「書生」の勉強熱はどこへ消えた?
第四章 教養を身につけるということ
第五章 「思想の背景」再構築の向けて
この筆者の本としては珍しく,具体的な提案が少ない気がしました.「昔はこうだったのに,いまは変わっちまった.残念だ」という「年寄りの説教」風なことが書かれています.ちょっと精神論よりかな.以前紹介した同著者の『座右のゲーテ』は具体性を追求したもの.それとは逆の思想ではあります.こういうのは矛盾じゃなくてみる角度によって違うと理解すべきなのでしょう.
読んだ感想を2点.
(1)
高校1年のときに「現代社会」を教えてくれたY先生は,この本で言う書生に近い雰囲気を持っていたと思います.知識を得なさいという雰囲気を出している授業.教科書なんて使わずに,自分でまとめたプリントをひたすら使っていました.プリントにはもちろん教科書以上に細かい事が書いてある.宝物にして保存してあります.この本を読んでいい授業だったと再認識しました.
(2)
自分は物理学者のR. P. Faynmanが結構好きで,彼の書いた『ファインマン物理学』ファインマン(岩波書店)は全て読みました.(全て理解したでは無い.20%も理解していない.)自分にフィットしているのでしょう.あこがれの対象として学んでいくことにしました.少なくともそのように意識するようにしました.
ところで,こういう本を手にする人はどちらかというと元々学ぶ意思の強い人ですよね.聞こえない説教をしているような辛さも感じました.
はてなブログにフラ盤を貼り付けるテスト
8 年前
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